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魏志倭人伝との出会い(4)

2011/04/08 Fri

私を乗せた観光バスは 

予定の観光コースを 巡って行きました。

壱岐の島は対馬と違い、平坦のようなのですが

やはり、小さな丘の間に 平地が点在しています。

古墳も多くあります。この島にも 古代には 

大きな勢力の豪族達が 居た事が分ります。

これだけでも 普通の島とは 随分と違っていました。

乗客が少ないので バスガイドさんも 

元寇の役の話とか、名所の話も意気が上がらず、

前を向いている 時間が多くなります。

勿論 観光の時間も早まってしまいます。 

とんとんと島の案内も直ぐに終わります。

こんな時に ガイドさんが 明日の午後に

島の中心にある 原ヶ辻遺跡展示館で

地元観光会向けの 歴史ボランテェア講習会で

島の歴史の勉強会がありますが、

時間が有れば 私にも 参加してみませんか?

と話を 向けてくれました。

この話は 歴史好きには 棚から牡丹餅ですね。

喜んで 参加することに致しました。

mailサルの顔
観光案内より借用 サルの横顔に見える岩。

この横に、第二次世界大戦前の軍縮会議で、

土佐の沖に沈められた、幻の戦艦の主砲が

備え付けられていました。今は穴だけですがね。

注:弥生時代の遺跡だけでも 半日の観光では回りきれません。

正に、弥生文化の埋蔵の島と言っても言いようです。

よって、まだまだ 訪れていない遺跡が多く残っています。

再度この壱岐の島を訪れたいと思っております。


その夜は サル顔岩近くの 湯の本の民宿旅館に泊りました。 

やはり、私の他は 誰も泊まっては いませんでした。

しかし、とてもアットホームな 良い旅館でした。(^_^)

また 壱岐の新鮮な多くの海産物に 舌包を打ちました。

やはり、現地に泊まらないと この味わいは 分りませんね。


次の日は ワクワクしながら 島内のバスに乗り継いで

会場の原ヶ辻遺跡展示館に行きました。

入り口には、当時の弥生人の格好をした、

マネキンの男女2体が迎えてくれます。

その展示品は 秦時代の貨泉や馬具、剣の飾りなどがあり、

壱岐の島は、貿易の 中心的な存在であったかが分ります。

当時の超近代国家の遺跡を 興味深く 見て回りました。


この場所は 古代の 大きな環濠集落が在った 場所です。

その一角に原ヶ辻遺跡展示館が建っています。

そこの周りは少し小高い丘が連なっており、

まるで盆地の雰囲気のある平坦な場所です。

古代韓国と倭国の中継基地で あったそうです。

今度 新しい展示館が、そこから見える丘の上に建設中でした。

新しい場所からは 原ヶ辻遺跡全体が一望できそうです。

haranotuji_jpg壱岐の遺跡
壱岐の観光案内より借用 原ヶ辻遺跡のほんの一部

壱岐島の奥に、このような広い平野があるとは、信じがたいです。

周りを天然の山に囲まれ、しかも2重3重の環濠に守られた集落は

当時は立派で 国としては1級だったと思います。

午後から 展示館の横のプレハブで 地元の人が

10数人集まって、学術員の話を聞く形式でした。

私も初めは不安な気持ちでの参加でした。

突然の参加者を 皆さんは快く 受け入れてくれました。

そこで 配られた冊子の中に 

魏志倭人伝の原文が載っていたのです。

これが、私の考えを変えてしまう 運命的な出会いでした。

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コメント

Secret

魏志倭人伝の読み聞かせ?

カピパラ先生。わんこです。
震災からそろそろ1ヶ月が過ぎようとしておりますが、
被災地は復興というよりまだまだ、後片付けの段階のようです。
お陰様で、わんこの親類縁者はみな無事で、中学の同級生に携帯がつながり、
「同級生は、みな無事だよ。」と聞いたときは、
腰が抜けるとはこのようなことか?という状体になりました。
しかし、ふるさとの石巻が一瞬にして、生活していたということが失われ、
瓦礫と海水の泥水に浸ってしまい、自分が被災したわけではないのに、
喪失感というのでしょうか?
何かが抜けてしまった感覚が続いています。

そのようなわけで、4月23日(土)は、
勉強会にお出かけして抜けた心の穴埋めをしに行きます。
よろしくお願いいたします。

ブログの内容は「魏志倭人伝」になりましたら、
ずいぶんと筆が(キーボードかな?)
軽やかに進んでいらっしゃいますね。(笑い)
わたしも経験がありますが、伊勢志摩観光を平日に出かけましたら、
遊覧船が私一人で、なんとも落ち着かない気持ちで、
伊勢湾を眺めていたのを思い出しました。

壱岐の島は、観光バスがはしっているなんて
想像していたより広い島のですね。
弥生時代の遺跡群が点在しているとは迫力ですね。
迫力といってもスペクタクルではなく、
古代からずっと続いている歴史の事実の長さに対してです。
歴史は書物を読めば、ある程度はわかりますが、
やはりその場所に出かけていくのが一番いいですね。
たとえ観光化していても(しかたないですよね。
歴史は観光資源になるんですから。)現地に身を置いてみる。
カピパラ先生だって、現地に行かれたことで、
「魏志倭人伝」の原文に出会えたのでしょう?!
原文との出会いも楽しそうに綴られていらっしゃいますね。(ウフフフ)
続きが楽しみです。
経絡の勉強の合間の息抜きでしょうが、楽しい紀行文になりそうですね。
では、23日(土)にお邪魔いたします。

ワンコ さんへ

お友達の皆さんが無事でよかったです。
あの、あまりに酷い惨状で、助かったのは本当に良かったです。
急に安心されたので、気が抜けたのでしょうね。
実は、今月東京で会う予定でした、私の友人は、
いまだに連絡が付かないので、心配をしております。

経絡の方ですが、あまり皆さんには感心がないようです。
最近ブログ閲覧者数が急に落ち込みました。
よって、私も 気が抜けてしまい、中止にしています。
4月からは、私の好きな歴史の話を 
気楽に書いて行きたいと 思っています。
プロフィール

(井案)

Author:(井案)
好漢堂のブログへようこそ!
東洋医学をもっと身近に感じてもらいたいので、
このブログを開きました。
質問を気軽にして頂ければを思います。

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