魏志倭人伝(4)対海國の猫

2011/06/10 Fri

この対海国は絶海の孤島です。

原文からは 方400里余りの広さです。

実際の対馬の形状は、南北に82キロメートル、
東西に18キロメートルと細長く、面積が約700km2です。

この広さはチョッと見当違いでしたね。

島の中央にある、リアス式の浅茅湾(あそうわん)にも
行ってみたいと思っています。キット奇麗でしょうね~

原文では 土地は険しく深林多く、(母離ですね)
道路は禽鹿(きんろく)の経の如し。

車が通れない、人が踏み固めた、山道程度ですかね。

記述から、森は深く、山が高く
今の対馬の形状に似ています。

住人は千余戸有り、勿論 良い田は無いので、
千軒余りの住人を養うのに、魚介類で自活していますが、
お米が無く、南北の市に求めています。

これが漢字の「糴」に当たります。

特に歴史的にも、弁韓国と深かったでしょう。

これが、韓国と倭国を結ぶ、
航海術につながっていると思われます。

また対馬には先広形銅矛が数多く出土します。

先広形銅矛は実際の戦闘では使えません。

重いし、とても武器などの 実用的ではなかったからです。

それは一種の「魔よけ」「結界」を現すのに使ったようです。

土の中に埋めるのもその行為だったそうです。

この銅矛については、後の伊都国で説明しますが、
この事が邪馬壱国とのつながりを強くしています。

出土地帯が限られているのも特徴です。

先広形銅矛文化圏とも言えるほど、出土が限定しています。

対馬は森林が多いので有名でした。



最近「ツシマヤマネコ」と言われる猫が話題です。

絶滅危惧種のかなりヤバ~イ一種です。

ベンガルヤマネコの亜種で、
古代に大陸から渡ってきたそうです。

現在は100匹位しか居ないそうです。

日本本来の広葉樹林やら照葉樹林が伐採されて、
後に杉やらヒノキが植えられて、
食料がなくなった事が大きな原因であるらしい。

また野良猫や野良犬の脅威も有るとの事です。

早く昔の森に戻してもらいたいですね。
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コメント

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魏志倭人伝の図

ブログが読めるようになって、わんこには一安心です。
がぁ、しかし、どこから読めなくなったんだっけぇ?!
と戻って溜め込んだ分を必死(?)になって、読み始めて何週間か?

魏志倭人伝のブログを読んでの感想です。
「倭人は刺青人種」では、
小学生の時に読んだ学習雑誌にこの部分を子供向けに書いた文章に、
画面いっぱいに書かれた倭人の生活の様子
(想像図が書いてあったような?)を思い出しました。
これが、わんこの「魏志倭人伝」の初体験だったのかも。
海の仕事の人へ刺青の週間が受け継がれたということでは、
今はほとんどないようですが、昭和30年代までは、
年配の漁師さんで刺青をしていた方がいたように記憶しています。

邪馬台国への旅立ち開始ですね。
何が起こるのかどきどきします。
原文から引き出してくる邪馬台国への地図と、
現代の地図との相違点は?
地形と尺度も違うのだから、どうすりあわせるのだろうか?
楽しみです。

「猫」の話ですが、題名だけ読んで
この時代から船旅の守り神に猫を乗せていたのか!?
と勝手に思い込み、
本文を読んで「ツシマヤマネコ」のことだったんですね。
(いやぁ、早合点でした。)
この対馬でも、人間が入り、自然をいじくりまわしたことで、
生態系がくずれていっているのですね。
人間に必要な事だけをすると、
自然からしっぺがえしをされるのでは?と感じます。

では、この辺で失礼します。

わんこ さんへ

わんこさん、コメントありがとうフーッ
魏志倭人伝の思い出があるのですね。ヤター

私も論具体無アゴーに人体の臓腑の図が印象的でした。
弥生人の服装はこの魏志倭人伝に載っております。
これに基づいて描かれていたのですね。

その時に手に持っていら石斧の石が
実は非常に邪馬壱国に関係があるのです。
実にこの石が身近に有ったのです。
これを博物館で見たときは・・・鳥肌が立ちました~~~
この時の感激は今でも思い出します。
ダスダニヤ
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(井案)

Author:(井案)
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東洋医学をもっと身近に感じてもらいたいので、
このブログを開きました。
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