魏志倭人伝(7)末盧國

2011/08/23 Tue

一大国から水行千余里ゆられゆられて、
末盧國に至る。

(参考原文)
又渡一海千余里 至末盧國 
有四千余戸 山海居 
草木茂盛行不見前人 
好捕魚鰒 水無深浅 
皆沈没取之 
注:(ひん・はま)
  鰒(ふく・あわび・ふぐ)

(読み下し文)
又一海を渡ること千余里、末盧國に至る。
四千余戸有り。山海の浜に居る。
草木茂盛して行くに前人を見ず。
好んで魚、鰒を捕うるに、水、深浅と無く、
皆沈没して之を取る。
 

(井案)
壱岐島の話の続きです。

当時では最大級であった一大国の環濠集落では、
集落では近くまで、船を引き込めるように成っていました。

中国と倭国の交易の中心都市でした。

集落からは秦時代の半両銭も出てきています。

秦時代の半両銭
この半両銭は秦が統一国家になって、
他国の銭を廃止して、半両銭の使用を強制しました。

これは各国の貨幣、度量、車軌、文字の統一を図ったのです。

今の鉄道の車輪幅がローマの車輪幅と同じのようなものです。

半両銭の表面には小篆(しょうてん)で書かれてあります。

小篆から簡素化した文字が隷書で、さらに草書になります。

これは、この後400年続いた漢時代の出来事です。

我々は漢方薬だの漢字だの漢文だと古代中国を意味する言葉となっています。

後漢の後に魏呉蜀の三国時代が起きて、
この魏の国の事を書かれてある魏志書に
魏志倭人伝が載っているのです。



この一大国から、更に海を渡ると末盧國に至るのです。

これからが、いよいよ九州に上陸する訳ですが、
末盧國(まつろこく)とは九州の何処に当たるのでしょうか?

原文から少し想像をしてみましょう。

1.この住人は山と海の浜に沿うように住んでいます

状況からは入り組んだ海岸でそこの海岸や山に
へばり付いて生活している様子ですね。

2.それに草木が茂っていて、これが人の背までも高く
よって、先に歩いている人が見えない


農地に利用できない地帯だったので
放置状態だったのでしょうね。

その為か食料は海で魚を取るのが中心です。

3.鮑を潜って捕っています

この素潜りは今でも日本の各地と
朝鮮半島の南端で行われています。

4.不思議な事に、この末盧國には長官の名前がありません。
一国ですから長官が居ない訳はありません


長官との関係が重要ではなかったにかも知れません。

若しくは地域の漁業長のような小規模の長が居て、
これらの小規模の連合国家だったのかもしれない。

よって、長官の名が多かったので略したのか。


これらを総合して、現在の名前も似ている松浦郡でしょう。

松浦郡とは今の佐賀県と長崎県の北部に当たります。


一帯はリアス式海岸なので農業よりも漁業が中心です。

次回は松浦郡のどの辺りかを考察します。
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コメント

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邪馬台国

今日、出かけた先のモールの中で、書店に行きましたら、
先生の文章に触発されたように、
「徹底検証ここまでわかった!邪馬台国」という文庫本を発見して、購入してきました。

原文は矢張り、先生のご指摘の通り、邪馬台国の台という字が、
壱の古字なのです。
さて、果たして邪馬台国とは、一体何処にあったのでしょうか?
古典は、相変わらず、ワクワクします。

白い月の風さんへ

モールに行って書店に入るとは流石に勉強家ですね。
私は食べ物の方へ・・・足が向きます。(笑う)

「徹底検証ここまでわかった!邪馬台国」
は心引かれる題名ですね。
早速読まれたと思いますが、面白かったですか?

原文では、邪馬臺国の台という字が違い、邪馬壱国ですし、
卑弥呼の後継者の壱与さんがやはり臺与さんになっています。
指摘通りに、壱の古字なのですね。

果たして邪馬台国とは、一体何処にあったのでしょうか?
私にも正確な場所は分りません。
ただ原文から想像して行くしかありません。

これを利用して、九州の一部を紹介したいと思います。
よって奴国まで到達するのに時間が掛かりますよ(笑う)

卑弥呼の国?

古文を読み解く力というのは、世界が広がるのだと感じました。原文→読み下し文→井案と進むにつれ、なるほどと思います。凡人には原文は通りすがりの人のように通り抜けていくだけでした。こうやって読んでいければ、卑弥呼の国は九州だと思えてくるような気がします。

ルンビニさんへ

古文の解釈は人により都合の良い様に解釈されます。
だから解釈の入らない、直接古文を読むのが必要となります。
しかし難解ですから、解釈文を参考にすれば良いのですが、
やはり、原文を読むのに適いません。
古文を読んで自分で感じた事が正解なのです。

私は大阪府で育ちました。
よって女王国は近畿地方に在る事を信じていました。
ところが原文を読むうちに、あれ?無理がありますね?
と感じるように成ったのです。

しかし私も女王国が何処に在るのかは分りません。
皆さんが感じた所で良いのではないでしょうか。

遺跡訪問

原文を読みながら検証していくのはワクワクするものですね。
できれば、本の上だけでなく、実際の場所と思われるところに行って、
原文と照らし合わせるのが、なお面白いのでしょうね。
映画の「まぼろしの邪馬台国」のご夫婦のように
私も現地を歩いてみたいものです。
今回、三内丸山遺跡に行ってみて、
復元された建物に入ってみたり、出土品の説明を聞いたり、
(土偶ちゃんたちのバラエティーに富んでいたこと!!)
発掘現場の人に説明を受けたり、出土品の土器に実際触れたりとして、
小中学校時代の社会化で習った縄文時代とはまったく違うことがよくわかりました。
恐るべし、縄文文化です。
邪馬台国は稲作を行っていたようですから弥生文化ですよね。
(えっ?ちょっと不安)
すみませぇーん。これから調べてみます。
わんこは1年ぶりに塩原に行きます。
懐かしい声や音にあえるのも楽しみです。
暴飲暴食を避けて、健康をそこなわないようにして、
9月の勉強会にお会いできるようにいたします。

わんこさんへ

三内丸山遺跡に行かれたのは羨ましいです。
実は残念ながら、私はまだ行っておりません。
青森県で縄文時代の前期中頃から中期末(約5千年前)
までの大規模集落地ですから、当時は温暖な気候だったそうで、
土偶と栗の栽培をだれていたのでも有名です・
何故突然に消えてしまったのか、
寒冷で食物が作れなくなったとか、
または民族移動があったのか、
何かでアンデスのミーラの遺伝子と
関係があると聞いた事があります。
三内丸山から船で南アメリカに渡ったのか?
興味がありますね。
魏志倭人伝も現地に行ってみると実感いたします。
9月の勉強会は連休の16日だったと思います。
お互いに健康には気を付けましょう。

わんこさんへ

訂正です。
ご指摘ありがとうございました。
9月の勉強会は連休の17日土曜日でした。
新潟からは大変でしょうが、10時の集合です。
プロフィール

(井案)

Author:(井案)
好漢堂のブログへようこそ!
東洋医学をもっと身近に感じてもらいたいので、
このブログを開きました。
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