(20)伊都国に向けて

2012/03/14 Wed

魏志倭人伝(20)
伊都国に向けて出発

(倭人伝 原文 伊都―3)
郡使 往来 常 所駐(井案)

この原文から何が分るのでしょうか。


唐津から東に鏡山があります。

この山の右手に向かえば、
佐賀県の弥生時代の環濠集落
「吉野ヶ里遺跡」に向かえます。

左手に向かえば、
福岡県の「伊都国」に行けるのです。

両者の距離はビックリする程の違いがありません。

(?_?) ドチラガ チカイカ


では何故使者は左手の伊都国に向かったのでしょうか、

その一つに、邪馬壱国の郡使が
伊都国に常駐していたのです。

これが先の原文から分ります。

この郡使とは何でしょうか。

それは魏志倭人伝の後半中に書かれています。

(^ω^) ウラヅケ ハ ゲンブンデ


「女王國より以北には、
特に一大率を置き、
諸國を検察せしむ。
諸國これを畏憚(イタン)す。
常に伊都國に治す。」


とあります。

これは、女王國より北側には、
特に「一大率」という組織を置きました。

これは、諸國の監視役のような仕事をしていたようです。

諸國これを畏憚す。

この「畏憚・いたん」とは、おそれはばかる事です。

「はばかり」とはトイレの事です。

よってトイレが怖いのか??

以前、次男坊がこれでして、
小さい時ですが、自分がトイレに入る時には、
妹をトイレの前に立たせていたそうです。

しかし、これとは違いますね(笑う)

(-_-;) (^^ゞ アセ


「はばかり」と「はばかる」は違います。

この「一大率」という組織が常に
伊都國に常設されていたのです。

次の文で中国と比較しております。


(^з^) ナルホド


続いて原文には

「於国中有如刺使」

これは

「國中において刺史の 如きあり。」

中国では刺史のような役割です。

と書かれています。

よって一大率は邪馬壱国の
直接指令所が監視所だったのでしょう。

(^_^)/ セイカイ


よって同盟国はこの一大率に敬意を払っていたのです。

また、女王国はこの一大率の在る伊都国よりも

南に在ることも分ります。

更に原文は一大率の説明が続きます。
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