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父の実家に行く。

2010/07/22 Thu

海の日の連休に
兵庫県佐用町で父の1周期に行ってきました。

佐用町と言っても、知名度は低いと思います。

町は比較的広い地域ですから、
色々な地域の事柄を含んでいます。

例えば、
足利氏が九州から上洛する時を稼ぐために、
赤松円心が新田を迎え撃って篭城した白幡城も
この近くにあります。

昔は南光町といわれた地域が北にあります。

ここに私は小学生の時に住んだ事があります。

谷の深い場所で、人々は狭い田んぼに
しがみついて暮らしていたようです。

周りの山々は子供の頃に見た風景のままでした。

懐かしかったが、
多くの知人はすでに他界されています。

その多くの子孫達も都会に出てしまい
ここも過疎化が進んでいるようです。

ここで育った父は、関東に始めて出た時に
山が無いと驚いたそうです。

それほど谷が深く、山が迫っていたのです。

夕日も見たことが無かったのでしょう。

法事の多くは儀式化されていますが、
世話になった、叔父さんや叔母さん
また親戚の人に逢うのが一番楽しい事です。

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コメント

Secret

お疲れ様でした。

良い時間をお過ごしになった様で嬉しいです~。

時に、親戚の方とお会いするのは、嬉しい事ですが、
親戚、縁者の人と会う機会は、本当に減りましたね。
一寸前(実はかなり前だったりしますが)、
お正月と言っては親戚が集って賑やかに飲食し、
お盆だ、お彼岸だ、と言っては集った風習が、
つい最近までは残っていたのですが、
そんな縁も最近は薄くなったようで、
簡略的に済ませる事が多くなりました。

時代と言えば、それまでですが、子供の頃を懐かしく思うことも
多々、あります。
魂の還る場所がある、それだけでほっとするような気がいたします。
でも、現代の人に、それは通用しないかもしれませんね。

「おばあちゃんの家」と言っても、
すっかり近代化されていて、自分の家とそう、変わらなかったり、
田舎料理とかがなくなりつつありますからねぇ。
「懐かしく思う場所、食べ物」がある、
それは今、無理な願いになりつつあります。寂しい事です。

話変わって、明後日は第2回目の勉強会ですね!
1か月間、ワクワクしながら待ち続けて居る事です。
その時に、
「可愛かもん、手に入れたばってん、持って行くけんね。」
何が出てくるかは、どうぞお楽しみに!

佐用町・・・

はじめておじゃまいたします^^
パートナーのお里が兵庫。岡山の美作町にお墓があるために
武蔵の里や佐用の天文台などをドライブするコースが親戚一同が集まったときに遊びにいくコースでもありました。
ひまわりオイルや餅大豆みそなど美味しくて珍しいお土産ございますよv-105

スポーツするときに冷たいものは×・・・。見つけました^^;
先日はカテゴリより入国しさらりと拝見しましたので見落としていたようでした。
第三の脳(皮膚)先生にオススメしながら私はまだ味読です。
ホットな話題と学びの場をありがとうございます。
ホ・オポノポノ・・・・

奇遇

美作町・・・
奇遇ですね~
佐用の法事の後で全員が車に分乗して
列を成して美作町の行きました。
次の日には、従兄弟の主催で、
祖父の法事に参加したのです。
美作町は母の関係の里です。
ここは佐用町と違い、
広い豊かな田んぼがあります。
法事の料理も桁違いの豪華でした。

心頭滅却すれば…

  なかなかに 涼しくはなれません。。。

お父様は 佐用町のご出身だったんですね。
先生も 小学生の頃 お過ごしになられたことがあるんですね。
中国自動車道は 大体 山の中を走り アップダウンの激しい
高速ですが そんな中に 佐用インターも ありますよね。
山に囲まれていて 良い所ですね。
狸には 何よりの場所です。
狸は 濃尾平野のど真ん中で 育ち 養老山脈まで 山は無し。
だいたい 坂道というものが ほとんど 無かったです。
関東に出て驚いたのは 坂が多くて でこぼこな事でしたぁ、ハハハ。
狭い日本ながら いろんな地形があるものですね。
プロフィール

(井案)

Author:(井案)
好漢堂のブログへようこそ!
東洋医学をもっと身近に感じてもらいたいので、
このブログを開きました。
質問を気軽にして頂ければを思います。

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